こんにちは、あゆりんです。
2025年11月26日。
ついに国分太一さんが、公の場に姿を見せ、自分の言葉で謝罪会見を行いました。
6月20日、日本テレビが「過去に複数のコンプライアンス上の問題行為があった」として『ザ!鉄腕!DASH!!』降板を発表し、国分さんは無期限活動休止へ。
6月25日にはグループTOKIOの解散が公式サイトで発表され、7月2日には株式会社TOKIOが「所定の事務手続き等を終え次第、廃業する運び」と公表。
さらに福島のアウトドアフィールド「TOKIO-BA」も閉園・廃業へ向かうことになりました。
ファンからすると、「え、ちょっと待って…?」と、心の準備をする間もないまま、仕事もグループも会社も、次々に“失われていく”数か月でしたよね。
そんな流れの先に開かれた、11月26日の謝罪会見。
この記事では、
- 会見で国分太一さんが実際に何を語ったのか
- ファンや世間がどう受け止めているのか
- そして、「城島茂さん・松岡昌宏さんはこれから何か語るのか?」
この3つを、実際のニュース記事を踏まえつつ、私の感想やちょっとした考察も交えながら整理していきます。
少しでも興味がある方は、ぜひ、最後までお付き合いください。
涙の謝罪会見:「数日間ですべて失った」と語った国分太一氏
会見は11月26日午後、都内で約1時間弱。
黒縁メガネに紺系のスーツ姿で登場した国分さんは、声を震わせながら、まず深く頭を下げました。
「自らが取った行動により傷つけてしまった当事者の方に、心からおわび申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
ニュースの文字起こしを見ても、謝罪の部分はかなり長く時間を割いていて、画面越しでも「とにかくまず謝りたい」という気持ちが伝わってきました。
そして、報道で大きく取り上げられたのが、この一言。
「数日間で、すべて失いました」
これはテレ朝のノーカット映像や各社記事でも見出しになっています。
実際、その“数日間”の間に起きたのは─
- 日テレから事情聴取を受ける
- コンプラ違反を理由に『DASH』降板を告げられる
- 無期限活動休止
- その延長線上で、TOKIO解散、会社の廃業方針、TOKIO-BA閉園へ…
こう考えると、「大げさな表現」ではなく、本当に本人の実感なんだろうな、と思わされます。
「私個人が行ったことで、TOKIOメンバーは関わっていない」
もうひとつ、会見で印象的だったのは、
「私個人が行ったことであり、TOKIOのメンバーはまったく関わっていません」
と、はっきり口にしたところ。
グループ解散や会社の廃業にまでつながった騒動だからこそ、「他のメンバーを巻き込みたくない」という思いが強いんだろうな、と感じました。
「どの行動がコンプラ違反か、答え合わせできていない」
今回の会見で、一番物議をかもしているのがここです。
国分さんは、人権救済申し立てに至る経緯を説明する中で、繰り返しこう話しています。
「どの行動がコンプライアンス違反にあたるのか、今も答え合わせができていません」
会見中、「答え合わせ」という言葉は何度も何度も登場しました。
すでに10月に、人権救済を申し立てていた
ここで押さえておきたいのは、人権救済の申し立て自体は、10月の時点で代理人弁護士から発表されていたということです。
毎日新聞などによると、国分さんは10月、「番組降板を決めた日テレの対応に問題があった」として、日弁連に人権救済を申し立てました。
今回の11月26日の会見は、その
- 人権救済申し立てに至るまでの経緯
- そして、自分の行動への反省と、日テレへの疑問
を、本人の口から説明する場だった、という位置づけになります。
日テレ側のコメント:「答え合わせは難しい」
これに対して、日本テレビもすぐに書面でコメントを発表。
熊本朝日放送などが、その全文を伝えています。
要約すると─
- 「コンプライアンス違反行為があった」ということ以上、公にはできない
- 国分さんがヒアリングで自ら話した内容だけでも、番組降板を即断するレベルのコンプラ違反だ
- 「答え合わせ」は、関係者の身元特定や二次加害の恐れがあり難しい
というスタンスです。
つまり、
- 国分さん側:「何がダメだったのか、ちゃんと教えてほしい」
- 日テレ側:「詳細を本人にも再確認することは、関係者保護の観点から難しい」
という“かみ合わない状況”が、いまだに続いているわけですね。
「中身は一切出ていない」は、もはや誤り
ここ、ブログ的にはけっこう大事なポイントなので、あえて補足しておきます。
以前なら、
「コンプラ違反の中身はどこにも出ていない」と書く人も多かったと思うんですが、今はそれだと正確ではありません。
- 日テレや国分サイドからは、今も「公式には」詳細を公表していない
- 一方で、週刊文春オンラインが「日本テレビ側の事情聴取で国分さん自ら供述した2つの『わいせつ事案』の中身」として、かなり具体的な内容を報じています
もちろん、文春の記事は「公式な認定内容」ではなく、あくまで取材に基づく“週刊誌報道”です。
ただ、「何も情報がない」という状態ではなく、
- 公式発表:詳細は非公表
- 週刊誌:かなり具体的な“わいせつ事案”として報道
という、かなりいびつな情報バランスになっているのが現状です。
このアンバランスさが、今回の「答え合わせ」騒動のモヤモヤ感を、さらに増幅させている気がします。
人権救済申し立てと「説明してほしい」という叫び
会見の中で国分さんは、
「日テレと対立したいわけではない」
と何度も強調していました。
そのうえで、
- 自分の行為がコンプラ違反にあたること自体は受け止めている
- ただ、その“認定の仕方”や“伝えられ方”は、公平だったのか?
- そこに納得ができていないから、人権救済を申し立てた
というスタンスを説明しています。
正直、「謝罪」と「局への疑問提起」を同時にやる会見って、ものすごく難しいですよね。
見ていても、
- 心から反省しているように見える自分と
- それでも「このまま黙って終わりにしたくない」という自分
その2つの感情の間で揺れているのが分かって、見ているこちらも複雑な気持ちになりました。
世間・ファンの反応:「誠実さ」と「モヤモヤ」が同居
では、この会見をファンや世間はどう見たのか?
ニュースや解説記事、SNSのトレンドをざっと追ってみると、大きく3つの反応に分かれている印象です。
① 「誠実さは伝わった」「対話しようとしている」と評価する声
まず多かったのが、
- 「一つひとつの質問に、逃げずに言葉を探して答えていた」
- 「“答え合わせさせてほしい”って、相当勇気のいることだと思う」
と、“対話しようとする姿勢”を評価する声。
フジの解説記事でも、リスク管理の専門家が
「誠実に答えていて、誠実に反省していることは伝わった」
とコメントしていて、少なくない視聴者が同じ印象を持ったようです。
私も、表情や間の取り方を見ていて、
- 「自分を良く見せよう」とか
- 「復帰に向けたイメージ戦略」
という感じではなく、もっと切羽詰まった、「今の自分の正直な状態を言わないと前に進めない」という必死さを感じました。
② 「何をしたのか分からないままでは判断しようがない」という冷静派
一方で、
- 「誠実そうだけど、結局“何をしたか”は分からないまま」
- 「被害者のことを考えると、詳細は言えないのも理解できる。でも、応援するかどうか決める材料が足りなすぎる」
という、かなり冷静な声も多いです。
これは本当にその通りで、「かわいそう」「がんばれ」と言うにも、「いやいや、それはさすがに許せない」と言うにも、肝心の部分が“公式には”空白のままなんですよね。
ここに、週刊誌だけが具体的な“わいせつ事案”を報じているという、さらにややこしい状況が重なってくるという状況です。
③ 「日テレの説明不足がひどい」「録音削除は闇」と局側を批判する声
そして3つ目は、日テレへの強い不信感。
- 「コンプラ違反があった以上のことは公にできない」と言い続ける局側
- 一方で、事情聴取の録音データを削除するよう指示していた、という報道も出ている
この辺りから、
- 「録音消させるの、普通に怖い」
- 「情報を握っている側だけが有利な立場じゃない?」
- 「被害者保護は大前提だけど、説明責任ゼロはさすがにおかしい」
といった声が、SNSでかなり目立ちます。
私個人としても、
- 「被害者保護のために言えないことがある」のは当然
- でも、「なぜ言えないのか」だけでも、もう少し丁寧に説明する余地はあるのでは…
と思ってしまいました。
TOKIOへの思い:「5人だからこそ見えた景色」
会見の中で、国分さんは何度も「TOKIO」の名前を出しています。
「私の人生のほとんどは、TOKIOのメンバーとともに歩んできました」
「5人だからこそ見えた景色がありました」
といった言葉は、各社の会見まとめにも載っていて、読んでいるだけでもグッときます。
さらに、「グループは解散し、会社も廃業に向かっているけれど…」と前置きしたうえで、
「今でも折に触れて、城島と松岡が連絡をくれている」
「2人には感謝しかない」
という趣旨のことも語っています。
正直、ここはファンにとって一番救われる部分かもしれません。
- グループとしては一度区切りがついた
- 会社としてのTOKIOも廃業に向かっている
- でも、「人間関係まで終わったわけではない」と本人が明言している
ここに、かつてのTOKIOらしさ─
“リアルな関係性を大事にする人たち”という空気を、少し感じました。
城島茂・松岡昌宏は「何を語る」のか?
さて、今回の記事のもうひとつの大テーマ。
「城島茂さん・松岡昌宏さんは、今後何か語るのか?」です。
現時点での「事実」
まず、2025年11月27日時点で押さえておきたいのは、
- 会見後に、2人が新たに単独会見を開いたり、コメントを発表した事実は確認できないこと。
ただし、その前段として、
- 6月のTOKIO解散発表時に、株式会社TOKIO名義で3人連名のコメントが出ている
- 7月2日には、株式会社TOKIOから「所定の手続き終了後に廃業する」というお知らせが公式に出ている
- 9月には、松岡さんが自身のYouTube動画で、国分さんについてかなり踏み込んだ言葉を口にしている
といった「これまでの発言」があります。
松岡昌宏の言葉:「これっぽっちも頭にきてない」「俺の戦友」
9月のYouTube動画で、スタッフに「あの後、太一さんとはお会いしたんですか?」と聞かれた松岡さん。
そこで、
「こんなこと言ったらお叱りを受けるかもしれないけど、正直これっぽっちも頭にきてない。俺自身は」
「何かはあったんでしょ? それは聞かされてないけど」
「どうしていくか、どうやっていこうかの方が大事」
と語っています。
別の記事では、国分さんを「戦友」と呼び、
「俺が役立つなら使ってくれればいい」
というニュアンスの発言も報じられています。
ここから分かるのは、
- 行為そのものは「何かはあったんでしょ?」と線を引きつつ
- 人としては「頭にきていない」「戦友として支えたい」というスタンス
だということ。
正直、めちゃくちゃ松岡さんっぽい…。
「怒った方が楽なんだよ」と言いながら、それでも怒りより“これからどう支えるか”を考える、あの感じです。
城島茂のスタンス:「僕の中では終わりはない」
城島さんも、解散発表後のラジオなどで、TOKIOについて
「僕の中では終わりはない」
といったニュアンスのコメントをしています。
もちろん、解散は解散。
でも、自分の中でTOKIOという存在が消えるわけではない─
そんな、“リーダーらしい”言葉ですよね。
今回の会見を受けて、2人はどう動くのか?(ここからは考察)
ここからは、ニュースの事実に基づきつつ、私の推測になります。
1)すぐに「2人だけの会見」を開く可能性は低そう
理由としては、
- 国分さん自身が、「私個人の行動であり、他のメンバーは無関係」と明言している
- グループはすでに解散、会社も廃業方針を出している
という状況で、2人が前面に出て会見をすればするほど、
- 「またTOKIOに責任を押し付けている」
- 「本人の問題なのに、周りが出てきて火消ししているだけ」
と見られるリスクが高いからです。
特に今は、“元ジャニーズ界隈の不祥事対応”に対する世間の目がかなり厳しくなっているタイミング。
「組織・元メンバーを盾にするな」という空気は、かなり強いです。
ここを考えると、あえて静かにしていること自体が、2人の“最善の動き”という見方もできると思います。
2)水面下では、すでに十分に支えている可能性
- 国分さんいわく、「折に触れて連絡をくれている」「会見前日にも連絡をもらった」
- 松岡さんはYouTubeで「これっぽっちも頭にきていない」「戦友」とまで言っている
これらを合わせて考えると、
表に出てこないところで、
- 電話・LINE・直接会う
- 家族を含めて支える
といった人としてのサポートは、もうすでにかなりやっているんじゃないかと感じます。
ファンとしては、「3人で並んだ姿をもう一度見たい」という思いが強いけれど、
本人たちからすれば、
「世間向けの絵になる“絆アピール”より、裏でちゃんと支える方が大事」
と考えていても、不思議じゃないですよね。
3)どこかのタイミングで「言葉」は出てくるはず
ただ、これだけ大きな騒動になっている以上、今後、
- ラジオ
- YouTube
- 雑誌インタビュー
などで、ふとしたタイミングで国分さんのことに触れる可能性は高いと思います。
松岡さんはすでにYouTubeで本音をかなり語っているタイプだし、城島さんも、節目のときには自分の言葉で語る人です。
なので私は、
「“会見という形”で2人が出てくる可能性は低いけれど、各自の活動の中で、自然な形で言葉がこぼれてくる」
そんな未来をイメージしています。
会見を見て、私が感じたこと
最後に、完全に私の感想です。
「謝りたい」と「納得したい」の間で揺れる会見だった
今回の会見を一言で言うなら、
「謝罪」と「納得を求めること」を、同じテーブルの上に置こうとした会見
だったと思います。
普通の謝罪会見って、ある意味でフォーマットが決まっていて、
- 「すべて自分が悪かった」と頭を下げる
- 処分を受け入れ、「今後は一からやり直します」で締める
という“お作法”があるじゃないですか。
でも今回の国分さんは、
- 自分の非を認めて謝罪しながら
- その処分の過程や説明の仕方には、やっぱり納得がいっていない
この2つを同時に抱えたまま、マイクの前に立っていた。
それが、視聴者側の
- 「誠実に見えた」という共感と
- 「でもモヤモヤする」という違和感
を同時に生み出したんじゃないかな、と思います。
「答え合わせ」という言葉の重さ
「答え合わせ」という言葉は、正直ちょっと軽く聞こえる部分もあって、SNS上でも賛否がわかれていました。
ただ、会見全体を通して見ると、
「何がいけなかったのか、ちゃんと理解したうえで生きていきたい」
という、怖さと悔しさがにじんだ言葉なんだろうな、と私は感じました。
もちろん、被害者とされる人がいる以上、「全部説明しろ」とは言えません。
でも、少なくとも本人に対して、
- どの行為が
- どういう理由でコンプラ違反と判断されたのか
そこは、どこかのタイミングでクリアになるといいな…と思います。
まとめ:これから、私たちファンにできること
今回の一連の流れを見ていて感じたのは、
- 国分太一という「ひとりの人間の落ち度」と
- テレビ局のリスク管理・説明責任のあり方
- 被害者保護
- そして、グループ・会社という“看板”の消し方
いろんなテーマが、一気に押し寄せた事件だったな、ということです。
正直、白黒はっきりつかない部分が多すぎて、「こうあるべきだ」と簡単に言えないな、とも感じています。
ファンとして、視聴者として、今できるのは─
- 一方的なバッシングや、憶測だけの断罪に乗らないこと
- 公式発表と、報道・週刊誌報道を、自分なりに分けて受け止めること
- 「自分はどう感じるか?」を、ゆっくり考えること
このあたりかな、と思います。
TOKIOというグループの物語は、2025年6月25日でいったん区切りがつきました。
でも、城島茂・国分太一・松岡昌宏、それぞれの人生はまだ続いていきます。
いつかまた、どこかで3人の名前が並ぶ瞬間が来るのかどうかは、今は誰にも分かりません。
それでも、画面の向こうの“あの頃のTOKIO”がくれた時間を思い出しながら、それぞれの選ぶ道を、自分のペースで見守っていきたいな、と感じました。
※この記事の事実部分は、テレビ朝日・フジテレビ・スポニチ・公式サイト・週刊誌報道など、複数のニュースソースを参照しつつまとめています。感想・考察部分は、あくまで筆者個人の見方であることをご了承ください。
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